ローローとイヤリー

 

ピアノ先生仲間で喋っていた時に、人によって「ローロー」に聞こえたり「リアリー」に聞こえたりするという音声のことが話題になりました。

 

その場で全員同時に聴いているのですが「ローローにしか聴こえない!」という人と

「どこでローローって言ってるの?イェアリーしか聴こえないよ!」という人に分かれてお互いに相手の言っている音が聴こえない聴こえない、と騒ぎになりました(笑)

 

自分が聴いている音と他人が聴いている音が違うとしたら、自分たちがレッスンで「もう少し右手をこう」とか言いながら美しさを追求していくことの意味ってもしかしたら只の自己満足?

 

演奏の好みが分かれるのも聴こえ方が違うから?

同じものが同じに聴こえなかったり見えなかったりするとしたら『万人に受けいれられようとする』なんて意味がないと開き直れる気もしなくはない。

 

一台の同じスマホを囲んで確実にわかりあえないという瞬間でもお互いにそれが楽しくて。

ああ、感性が違っても誰かが「お前の耳おかしいんじゃない?」なんて事を言いさえしなければ互いを尊重して表現しあえるものかもね。

 

他人の演奏を聴く時や、自分の思う感性を人に伝える時。それが心地いい空気になるかどうかは、そういう心構えの違いなのかな。